実にありがたい……全く礼を言いたいなあ。」
 心底《しんそこ》のことである。はぐらかすとは様子にも見えないから、若い女中もかけ引きなしに、
「旦那《だんな》さん、お気に入りまして嬉しゅうございますわ。さあ、もうお一つ。」
「頂戴《ちょうだい》しよう。なお重ねて頂戴しよう。――時に姐《ねえ》さん、この上のお願いだがね、……どうだろう、この鶫《つぐみ》を別に貰《もら》って、ここへ鍋《なべ》に掛けて、煮ながら食べるというわけには行くまいか。――鶫はまだいくらもあるかい。」
「ええ、笊《ざる》に三杯もございます。まだ台所の柱にも束にしてかかっております。」
「そいつは豪気《ごうぎ》だ。――少し余分に貰いたい、ここで煮るように……いいかい。」
「はい、そう申します。」
「ついでにお銚子《ちょうし》を。火がいいから傍《そば》へ置くだけでも冷めはしない。……通いが遠くって気の毒だ。三本ばかり一時《いちどき》に持っておいで。……どうだい。岩見重太郎が註文《ちゅうもん》をするようだろう。」
「おほほ。」
 今朝、松本で、顔を洗った水瓶《みずがめ》の水とともに、胸が氷に鎖《とざ》されたから、何の考えもつか
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