もん》通り。階子下《はしごした》の暗い帳場に、坊主頭の番頭は面白い。
「いらっせえ。」
蕎麦二膳、蕎麦二膳と、境が覚悟の目の前へ、身軽にひょいと出て、慇懃《いんぎん》に会釈《えしゃく》をされたのは、焼麸《やきふ》だと思う(しっぽく)の加料《かやく》が蒲鉾《かまぼこ》だったような気がした。
「お客様だよ――鶴《つる》の三番。」
女中も、服装《みなり》は木綿《もめん》だが、前垂《まえだれ》がけのさっぱりした、年紀《とし》の少《わか》い色白なのが、窓、欄干を覗く、松の中を、攀《よ》じ上るように三階へ案内した。――十畳敷。……柱も天井も丈夫造りで、床の間の誂《あつら》えにもいささかの厭味《いやみ》がない、玄関つきとは似もつかない、しっかりした屋台である。
敷蒲団《しきぶとん》の綿も暖かに、熊《くま》の皮の見事なのが敷いてあるは。ははあ、膝栗毛時代に、峠路《とうげじ》で売っていた、猿《さる》の腹ごもり、大蛇《おろち》の肝、獣の皮というのはこれだ、と滑稽《おどけ》た殿様になって件《くだん》の熊の皮に着座に及ぶと、すぐに台十能《だいじゅう》へ火を入れて女中《ねえ》さんが上がって来て、惜し気もな
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