井戸の水を、はるばるとこの洗面所へ送って、橋がかりの下を潜《くぐ》らして、池へ流し込むのだそうであった。
木曾道中の新版を二三種ばかり、枕《まくら》もとに散らした炬燵へ、ずぶずぶと潜《もぐ》って、「お米さん、……折り入って、お前さんに頼みがある。」と言いかけて、初々《ういうい》しくちょっと俯向《うつむ》くのを見ると、猛然として、喜多八を思い起こして、わが境は一人で笑った。「ははは、心配なことではないよ。――おかげで腹あんばいも至ってよくなったし、……午飯《ひる》を抜いたから、晩には入り合せにかつ食い、大いに飲むとするんだが、いまね、伊作さんが渋苦い顔をして池を睨《にら》んで行きました。どうも、鯉のふとり工合《ぐあい》を鑑定《めきき》したものらしい……きっと今晩の御馳走《ごちそう》だと思うんだ。――昨夜《ゆうべ》の鶫《つぐみ》じゃないけれど、どうも縁あって池の前に越して来て、鯉と隣附き合いになってみると、目の前から引き上げられて、俎《まないた》で輪切りは酷《ひど》い。……板前の都合もあろうし、またわがままを言うのではない。……
活《いき》づくりはお断わりだが、実は鯉汁《こいこく》大歓
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