けたい。
肱掛窓を覗《のぞ》くと、池の向うの椿《つばき》の下に料理番が立って、つくねんと腕組して、じっと水を瞻《みまも》るのが見えた。例の紺の筒袖《つつッぽ》に、尻《しり》からすぽんと巻いた前垂《まえだれ》で、雪の凌《しの》ぎに鳥打帽を被《かぶ》ったのは、いやしくも料理番が水中の鯉を覗くとは見えない。大きな鷭《ばん》が沼の鰌《どじょう》を狙《ねら》っている形である。山も峰も、雲深くその空を取り囲む。
境は山間の旅情を解した。「料理番さん、晩の御馳走《ごちそう》に、その鯉を切るのかね。」「へへ。」と薄暗い顔を上げてニヤリと笑いながら、鳥打帽を取ってお時儀をして、また被り直すと、そのままごそごそと樹《き》を潜《くぐ》って廂《ひさし》に隠れる。
帳場は遠し、あとは雪がやや繁《しげ》くなった。
同時に、さらさらさらさらと水の音が響いて聞こえる。「――また誰か洗面所の口金を開け放したな。」これがまた二度めで。……今朝三階の座敷を、ここへ取り替えない前に、ちと遠いが、手水《ちょうず》を取るのに清潔《きれい》だからと女中が案内をするから、この離座敷《はなれ》に近い洗面所に来ると、三カ所、水道
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