さんし、お夜食はお飯《まんま》でも、蕎麦《そば》でも、お蕎麦でよかあ、おはたご安くして上げませず。弥次郎、いかさま、安い方がいい、蕎麦でいくらだ。女、はい、お蕎麦なら百十六|銭《もん》でござんさあ。二人は旅銀の乏しさに、そんならそうときめて泊まって、湯から上がると、その約束の蕎麦が出る。さっそくにくいかかって、喜多八、こっちの方では蕎麦はいいが、したじが悪いにはあやまる。弥次郎、そのかわりにお給仕がうつくしいからいい、のう姐さん、と洒落《しゃれ》かかって、もう一杯くんねえ。女、もうお蕎麦はそれぎりでござんさあ。弥次郎、なに、もうねえのか、たった二ぜんずつ食ったものを、つまらねえ、これじゃあ食いたりねえ。喜多八、はたごが安いも凄《すさ》まじい。二はいばかり食っていられるものか。弥次郎……馬鹿なつらな、銭は出すから飯をくんねえ。……無慙《むざん》や、なけなしの懐中《ふところ》を、けっく蕎麦だけ余計につかわされて悄気《しょげ》返る。その夜、故郷の江戸お箪笥町《たんすまち》引出し横町、取手屋《とってや》の鐶兵衛《かんべえ》とて、工面のいい馴染《なじみ》に逢《あ》って、ふもとの山寺に詣《もう》で
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