く銅《あか》の大火鉢《おおひばち》へ打《ぶ》ちまけたが、またおびただしい。青い火さきが、堅炭を搦《から》んで、真赤に※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《おこ》って、窓に沁《し》み入る山颪《やまおろし》はさっと冴《さ》える。三階にこの火の勢いは、大地震のあとでは、ちと申すのも憚《はばか》りあるばかりである。
 湯にも入った。
 さて膳だが、――蝶脚《ちょうあし》の上を見ると、蕎麦扱いにしたは気恥ずかしい。わらさ[#「わらさ」に傍点]の照焼はとにかくとして、ふっと煙の立つ厚焼の玉子に、椀《わん》が真白な半ぺんの葛《くず》かけ。皿《さら》についたのは、このあたりで佳品《かひん》と聞く、鶫《つぐみ》を、何と、頭《かしら》を猪口《ちょく》に、股《また》をふっくり、胸を開いて、五羽、ほとんど丸焼にして芳《かんば》しくつけてあった。
「ありがたい、……実にありがたい。」
 境は、その女中に馴《な》れない手つきの、それも嬉《うれ》しい……酌《しゃく》をしてもらいながら、熊に乗って、仙人《せんにん》の御馳走《ごちそう》になるように、慇懃《いんぎん》に礼を言った。
「これは大した御馳走ですな。……実にありがたい……全く礼を言いたいなあ。」
 心底《しんそこ》のことである。はぐらかすとは様子にも見えないから、若い女中もかけ引きなしに、
「旦那《だんな》さん、お気に入りまして嬉しゅうございますわ。さあ、もうお一つ。」
「頂戴《ちょうだい》しよう。なお重ねて頂戴しよう。――時に姐《ねえ》さん、この上のお願いだがね、……どうだろう、この鶫《つぐみ》を別に貰《もら》って、ここへ鍋《なべ》に掛けて、煮ながら食べるというわけには行くまいか。――鶫はまだいくらもあるかい。」
「ええ、笊《ざる》に三杯もございます。まだ台所の柱にも束にしてかかっております。」
「そいつは豪気《ごうぎ》だ。――少し余分に貰いたい、ここで煮るように……いいかい。」
「はい、そう申します。」
「ついでにお銚子《ちょうし》を。火がいいから傍《そば》へ置くだけでも冷めはしない。……通いが遠くって気の毒だ。三本ばかり一時《いちどき》に持っておいで。……どうだい。岩見重太郎が註文《ちゅうもん》をするようだろう。」
「おほほ。」
 今朝、松本で、顔を洗った水瓶《みずがめ》の水とともに、胸が氷に鎖《とざ》されたから、何の考えもつか
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