《あた》らばこそ、轟然《ごうぜん》一射、銃声の、雲を破りて響くと同時に、尉官は苦《あっ》と叫ぶと見えし、お通が髷《まげ》を両手に掴《つか》みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重《かさな》り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起《た》たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉《のんど》の血に染めり。渠はその血を拭わんともせで、一足、二足、三足ばかり、謙三郎の墓に居寄りつつ、裏がれたる声いと細く、
「謙さん。」
 といえるがまま、がッくり横に僵《たお》れたり。
 月青く、山黒く、白きものあり、空を飛びて、傍《かたえ》の枝に羽音を留《とど》めつ。葉を吹く風の音《ね》につれて、
「ツウチャン、ツウチャン、ツウチャン。」
 と二たび三たび、谺《こだま》を返して、琵琶はしきりに名を呼べり。琵琶はしきりに名を呼べり。
[#地から1字上げ]明治二十九(一八九六)年一月



底本:「泉鏡花集成2」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 別卷」岩波書店
   1976(昭和51)年3月26日発行
初出:「国民之友」
   1896(明治29)年1月
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年7月3日作成
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