とのために、勉めて忍びし鬱憤《うっぷん》の、幾十倍の勢《いきおい》をもって今満身の血を炙《あぶ》るにぞ、面《おもて》は蒼ざめ紅《くれない》の唇|白歯《しらは》にくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から、見遣る彼方《かなた》の薄原《すすきはら》より丈高き人物|顕《あらわ》れたり。
 濶歩《かっぽ》埋葬地の間をよぎりて、ふと立停《たちどま》ると見えけるが、つかつかと歩をうつして、謙三郎の墓に達《いた》り、足をあげてハタと蹴り、カッパと唾《つば》をはきかけたる、傍若無人の振舞の手に取るごとく見ゆるにぞ、意気|激昂《げきこう》して煙りも立たんず、お通はいかで堪うべき。
 駈寄る婦人《おんな》の跫音《あしおと》に、かの人物は振返りぬ。これぞ近藤重隆なりける。
 渠《かれ》は旅団の留守なりし、いま山狩の帰途《かえるさ》なり。ハタと面を合せる時、相隔ること三十歩、お通がその時の形相はいかに凄《すさ》まじきものなりしぞ尉官は思わず絶叫して、
「殺す! 吾《おれ》を、殺す※[#感嘆符三つ、214−10]」
 というよりはやく、弾装《たまごめ》したる猟銃を、戦《おのの》きながら差向けつ。
 矢や銃弾も中
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