ま》を揃うるも、皆|他《ひと》の手に打任せつ。
尋常《ただ》ならぬ新婦の気色を危《あやぶ》みたる介添の、何かは知らずおどおどしながら、
「こちらへ。」
と謂《い》うに任せ、渠《かれ》は少しも躊躇《ためら》わで、静々と歩を廊下に運びて、やがて寝室に伴われぬ。
床にはハヤ良人《おっと》ありて、新婦の来《きた》るを待ちおれり。渠は名を近藤重隆と謂う陸軍の尉官《いかん》なり。式は別に謂わざるべし、媒妁《なこうど》の妻退き、介添の婦人《おんな》皆|罷出《まかんで》つ。
ただ二人、閨《ねや》の上に相対し、新婦は屹《きっ》と身体《からだ》を固めて、端然として坐したるまま、まおもてに良人の面《おもて》を瞻《みまも》りて、打解けたる状《さま》毫《すこし》もなく、はた恥らえる風情も無かりき。
尉官は腕を拱《こまぬ》きて、こもまた和《やわら》ぎたる体《てい》あらず、ほとんど五分時ばかりの間、互に眼と眼を見合せしが、遂に良人まず粛《さ》びたる声にて、
「お通。」
とばかり呼懸けつ。
新婦の名はお通ならむ。
呼ばるるに応《こた》えて、
「はい。」
とのみ。渠は判然《きっぱり》とものいえり。
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