岬《みさき》にかくれた。
 山藤が紫に、椿が抱いた、群青《ぐんじょう》の巌《いわ》の聳《そび》えたのに、純白な石の扉の、まだ新しいのが、ひたと鎖《とざ》されて、緋《ひ》の椿の、落ちたのではない、優《やさし》い花が幾組か祠《ほこら》に供えてあった。その花には届くが、低いのでも階子《はしご》か、しかるべき壇がなくては、扉には触れられない。辰さんが、矗立《しゅくりつ》して、巌《いわ》の根を踏んで、背のびをした。が、けたたましく叫んで、仰向《あおむ》けに反《そ》って飛んで、手足を蛙《かえる》のごとく刎《は》ねて騒いだ。
 おなじく供えた一束の葉の蔭に、大《おおき》な黒鼠が耳を立て、口を尖《とが》らしていたのである。
 憎い畜生かな。
 石を打つは、その扉を敲《たた》くに相同じい。まして疵《きず》つくるおそれあるをや。
「自動車が持つ、ありたけの音を、最高度でやッつけたまえ。」
 と記者が云った。
 運転手は踊躍《こおどり》した。もの凄《すさ》まじい爆音を立てると、さすがに驚いたように草が騒いだ。たちまち道を一飛びに、鼠は海へ飛んで、赤島に向いて、碧色《へきしょく》の波に乗った。
 ――馬だ――
前へ 次へ
全33ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング