番傘で、ただ垂籠《たれこ》めがちだった本意《ほい》なさに、日限《ひぎり》の帰路を、折から快晴した浦づたい。――「当修善寺から、口野浜《くちのはま》、多比《たひ》の浦、江の浦、獅子浜《ししはま》、馬込崎と、駿河湾《するがわん》を千本の松原へ向って、富士御遊覧で、それが自動車と来た日には、どんな、大金持ちだって、……何、あなた、それまでの贅沢《ぜいたく》でございますよ。」と番頭の膝《ひざ》を敲《たた》いたのには、少分の茶代を出したばかりの記者は、少からず怯《おびや》かされた。が、乗りかかった船で、一台|大《おおい》に驕《おご》った。――主人が沼津の町へ私用がある。――そこで同車で乗出した。
 大仁《おおひと》の町を過ぎて、三福《さんぷく》、田京《たきょう》、守木、宗光寺畷《そうこうじなわて》、南条――といえば北条の話が出た。……四日町を抜けて、それから小四郎の江間、長塚を横ぎって、口野、すなわち海岸へ出るのが順路であった。……
 うの花にはまだ早い、山田|小田《おだ》の紫雲英《げんげ》、残《のこん》の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野《かの》川が綟子《もじ》を張って青く流れた。雲雀《ひば
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