がちょろりと鯰のような天窓《あたま》を出すと、流るるごとく俥が寄った。お嬢さんの白い手が玉のようにのびて、軒はずれに衝《つ》と招いたのである。と、緋羽《ひばね》の蹴込敷へ褄《つま》はずれ美しく、ゆうぜんの模様にない、雪なす山茶花《さざんか》がちらりと上へかくれた。

       十四

 しかり、文金《たかしまだ》のお嬢さんは、当時中洲辺に住居《すまい》した、月村京子、雅名を一雪《いっせつ》といって、実は小石川台町なる、上杉先生の門下の才媛《さいえん》なのである。
 ちょっとした緊張にも小さき神は宿る。ここに三人の凝視の中に、立って俥を呼んだ手の、玉を伸べたのは、宿れる文筆の気の、おのずから、美しい影を顕《あら》わしたものであろう。
 あたかも、髑髏と、竹如意と、横笛とが、あるいは燃え、あるいは光り、あるいは照らして、各々自家識見の象徴を示せるごとくに、
 そういえば――影は尖《とが》って一番長い、豆府屋の唐人笠も、この時その本領を発揮した。
 余り随《つ》いて歩行《ある》いたのが疾《やま》しかったか、道中《みちなか》へ荷を下ろして、首をそらし、口を張って、
 ――「とうふイ、生揚、
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