》でない、厚紙の表紙を撫《な》でた。
「どうぞ、お掛けなさいまして、まあ、どうぞ。」
 はなからその気であったらしい、お嬢さんは框《かまち》へ掛けるのを猶予《ためら》わなかった。帯の錦は堆《たか》い、が、膝もすんなりと、着流しの肩が細い。
「ちょうどいい処で、あの、ゆうべお客様から返ったばかりでございますの。それも書生さんや、職人衆からではございませんの。」
 娘客の白い指の、指環《ゆびわ》を捜すように目で追って、
「中坂下からいらっしゃいます、紫|鹿子《かのこ》のふっさりした、結綿《ゆいわた》のお娘ご、召した黄八丈なぞ、それがようお似合いなさいます。それで、お袴《はかま》で、すぐお茶の水の学生さんなんでございますって。」
「その方。……」
 女房の膝の方へは手も出さず、お嬢さんは、しとやかに、
「その作者が、贔屓《ひいき》?」
 と莞爾《にっこり》した。
 辻町糸七、よく聞けよ。
「は?……」
 貸本屋の客には今までほとんど例のない、ものの言葉に、一度聞返して、合点《のみこ》んで、
「別にそうと限ったわけではございません。何でもよくお読みになりますの。でも、その、ゆうべおいでなさいま
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