られざるや、古今敗亡のそれこそ、軌を一にする処である。
が、途中まず無事に三橋まで引上げた。池の端となって見たがいい、時を得顔の梅柳が、行ったり来たり緋縮緬に、ゆうぜんに、白いものをちらちらと、人を悩す朝である。はたそれ、二階の欄干《てすり》、小窓などから、下界を覗《のぞ》いて――野郎めが、「ああ降ったる雪かな、あの二人のもの、簑《みの》を着れば景色になるのに。」――婦《おんな》めが、「なぜまた蜆《しじみ》を売らないだろう。」と置炬燵《おきごたつ》で、白魚鍋《しらおなべ》でも突《つつ》かれてみろ、畜生! 吹雪に倒るればといって、黒塀の描割《かきわり》の下が通れるものか。――そこで、どんどんから忍川の柵内へ、池のまわり、雪の原へ迷込んだ次第であったが。……
二十四
「ありがたい、この、汁レルから湯気が立つ。」
と、味噌椀の蓋を落して、かぶりついた糸七が、
「何だ、中味は芋※[#「くさかんむり/哽のつくり」、71−10]殻《いもがら》か、下手な飜訳みたいだね。」
「そういうなよ、漂母の餐《さん》だよ。婆やの里から来たんだよ。」
「それだから焼芋を主張したのに、ほぐして入れると直ぐに実《み》になる。」
「仲之町の芸者の噂のあとへ、それだけは、その、焼芋、焼芋だけはあやまるよ。」
と、弦光が頭《つむり》を下げた。
同感である。――糸七のおなじ話でも、紅玉《ルビー》、緑宝玉《エメラルド》だと取次|栄《ばえ》がするが、何分焼芋はあやまる。安っぽいばかりか、稚気が過ぎよう。近頃は作者|夥間《なかま》も、ひとりぎめに偉くなって、割前の宴会《のみかい》の座敷でなく、我が家の大広間で、脇息《きょうそく》と名づくる殿様道具の几《おしまずき》に倚《よ》って、近う……などと、若い人たちを頤《あご》で麾《さしまね》く剽軽者《ひょうきんもの》さえあると聞く。仄《ほのか》に聞くにつけても、それらの面々の面目に係ると悪い。むかし、八里半、僭称《せんしょう》して十三里、一名、書生の羊羹、ともいった、ポテト……どうも脇息向の饌《せん》でない。
ついこの間の事――一《ある》大書店の支配人が見えた。関東名代の、強弓《つよゆみ》の達者で、しかも苦労人だと聞いたが違いない。……話の中に、田舎から十四で上京した時は、鍛冶町辺の金物屋へ小僧で子守に使われた。泥濘《ぬかるみ》で、小銅五厘を拾った事がある。小銅五厘|也《なり》、交番へ届けると、このお捌《さば》きが面白い、「若《おはん》、金鍔《きんつば》を食うが可《よ》かッ。」勇んで飛込んだ菓子屋が、立派過ぎた。「余所《よそ》へ行きな、金鍔一つは売られない。」という。そこで焼芋。
と、活機《きっかけ》に作者が、
「三つ。」
声と共に、※[#「口+阿」、第4水準2−4−5]※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《あうん》の呼吸で、支配人が指を三本。……こうなると焼芋にも禅がある。
が、何しろ、煮豆だの、芋※[#「くさかんむり/哽のつくり」、72−15]殻だのと相並んで、婆やが持出した膳もさめるし、新聞の座がさめる。ものが清新でないのである。
不精髯《ぶしょうひげ》も大分のびた。一つ髪でも洗って来ようと、最近人に教えられ、いくらか馴染になった、有楽町辺の大石造館十三階、地階の床屋へ行くと、お帽子お外套というも極《きま》りの悪い代《しろ》ものが釦《ぼたん》で棚へ入って、「お目金、」と四度半が手近な手函《てばこ》へ据《すわ》る、歯科のほかでは知らなかった、椅子がぜんまいでギギイと巻上る……といった勢《いきおい》。しゃぼんの泡は、糸七が吉原返りに緒をしめた雪の烏帽子ほどに被《かぶ》さる。冷い香水がざっと流れる。どこか場末の床店《とこみせ》が、指の尖《さき》で、密《そっ》とクリームを扱《こ》いて掌《て》で広げて息で伸ばして、ちょんぼりと髯剃あとへ塗る手際などとは格別の沙汰で、しかもその場末より高くない。
お職人が念のために、分け目を熟《じっ》と瞻《み》ると、奴《やっこ》、いや、少年の助手が、肩から足の上まで刷毛《はけ》を掛ける。「お麁末様《そまつさま》。」「お世話でした。」と好《い》い気持になって、扉《ドア》を出ると、大理石の床続きの隣、パール(真珠)と云うレストランに青衿菫衣《せいきんきんい》の好女子ひとりあり、緑扉《りょくひ》に倚《よ》りて佇《たたず》めり。
「番町さん。」
「…………」
「泉さん。」
驚いて縮めた近目の皺《しわ》を、莞爾《にっこり》……でもって、鼻の下まで伸ばさせて、
「床屋へお入んなったのを……どうもそうらしいと思ったもんですから、お帰り時分を待っていたの、寄ってらっしゃいよ。」
「は、いや、その。」
ああ、そうか、思い出した。この真珠《パール》の本店が築地の割烹《かっぽ
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