、紫の顱巻《はちまき》で、一つ印籠何とかの助六の気障《きざ》さ加減は論外として、芝居の入山形|段々《だんだら》のお揃《そろい》をも批判すべき無法な権利を、保有せらるべきものであらねばならない。

 ついでにいう。ちょうどこの時代《じぶん》――この篇、連載の新聞の挿絵《さしえ》受持で一座の清方《きよかた》さんは、下町育ちの意気なお母さんの袖の裡《うち》に、博多の帯の端然《きちん》とした、襟の綺麗な、眉の明るい、秘蔵子の健ちゃんであったと思う。
 さて続いて、健ちゃんに、上野あたりの雪景色をお頼み申そう。

 清水《きよみず》の石磴《いしだん》は、三階五階、白瀬の走る、声のない滝となって、落ちたぎり流るる道に、巌角《いわかど》ほどの人影もなし。
 不忍《しのばず》へ渡す橋は、玉の欄干を築いて、全山の樹立《こだち》は真白《まっしろ》である。
 これは――翌年の二月《きさらぎ》、末の七日の朝の大雪であった。――
 昨夜《ゆうべ》、宵のしとしと雨が、初夜過ぎに一度どっと大降りになって、それが留《や》むと、陽気もぽっと、近頃での春らしかったが、夜半《よなか》に寂然《しん》と何の音もなくなると、うっすりと月が朧《おぼろ》に映すように、大路、小路、露地や、背戸や、竹垣、生垣、妻戸、折戸に、密《そっ》と、人目を忍んで寄添う風情に、都振《みやこぶり》なる雪女郎の姿が、寒くば絹綿を、と柳に囁《ささや》き、冷い梅の莟《つぼみ》はもとより、行倒れた片輪車、掃溜《はきだめ》の破筵《やれむしろ》までも、肌すく白い袖で抱いたのである。が、由来|宿業《しゅくごう》として情と仇《あだ》と手のうらかえす雪女郎は、東雲《しののめ》の頃の極寒に、その気色たちまち変って、拳《こぶし》を上げて、戸を煽《あお》り、廂《ひさし》を鼓《たた》き、褄を飛ばして棟を蹴《け》た。白面|皓身《こうしん》の夜叉《やしゃ》となって、大空を駆けめぐり、地を埋め、水を消そうとする。……
 今さかんに降っている。

       十五

 ……盛に降っている。
 たてに、斜《ななめ》に、上に、下に、散り、飛び、煽《あお》ち、舞い、漂い、乱るる、雪の中に不忍の池なる天女の楼台は、絳碧《こうへき》の幻を、梁《うつばり》の虹に鏤《ちりば》め、桜柳の面影は、靉靆《あいたい》たる瓔珞《ようらく》を白妙《しろたえ》の中空に吹靡《ふきなび》く。
 
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