から、糸七の背戸のようになっている。
(――そこへ遁《に》げた――)
 糸七は、南瓜の葉を被《かぶ》らんばかり、驚破《すわ》といえば躍越えて遁げるつもりの植木屋の竹垣について、薄《すすき》の根にかくれて、蝦蟇《がま》のように跼《しゃが》んで、遁げた抜けがらの巣を――窺《うかが》えば――
 ――籠《こも》るのは、故郷から出て来て寄食している、糸七の甥の少年で、小説家の巣に居ながら、心掛は違う、見上げたものの大学志願で、試験準備に、神田|辺《あたり》の学校へ通って、折からちょうど居なかった。
 七十八歳になるただ一人、祖母ばかり。大塚の場末の――俥《くるま》がその辻まで来ると、もう郡部だといって必ず賃銀の増加《まし》を強請《ねだ》る――馬方の通る町筋を、奥へ引込《ひっこ》んだ格子戸わきの、三畳の小部屋で。……ああ、他事《ひとごと》ながらいたわしくて、記すのに筆がふるえる、遥々《はるばる》と故郷《おくに》から引取られて出て来なすっても、不心得な小説孫が、式《かた》のごとき体装《ていたらく》であるから、汽車の中で睡《ねむ》るにもその上へ白髪《しらが》の額を押当てて頂いた、勿体ない、鼠穴のある古葛籠《ふるつづら》を、仏壇のない押入の上段《うわだん》に据えて、上へ、お仏像と先祖代々の位牌《いはい》を飾って、今朝も手向けた一|銭《もん》蝋燭《ろうそく》も、三分一が処で、倹約で消《しめ》した、糸心のあと、ちょんぼりと黒いのを背《せな》に、日だけはよく当る、そこで、破足袋《やぶれたび》の継ぎものをしてござった。
 さて、その、ひょいと持って軽く置くと、古葛籠の上へも据りそうな、小さな白髪の祖母《おばあ》さんの起居《たちい》の様子もなしに、悉《くわ》しく言えば誰が取次いだという形もなしに、土間から格子戸まで見通しの框《かまち》の板敷、取附《とっつ》きの縦四畳、框を仕切った二枚の障子が、すっと開いて、開いた、と思うと、すぐと閉った。穴だらけの障子紙へ、穴から抜けたように、すらりと立った、霧のような女の姿。
 姿を。……
 ここから、南瓜の葉がくれに熟《じっ》と覗《のぞ》くと、霧が濃くなり露のしたたる、水々とした濡色の島田|髷《まげ》に、平打《ひらうち》がキラリとした。中洲のお京さん、一雪である。
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糸七は、蟇《ひき》と踞み、
南瓜の葉がくれ、
尾花を透かして、
蜻蛉
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