いて、辻の角の(安旅籠《やすはたご》)へ、両画伯を招待さ……「見苦しゅうはごわすが、料理店は余り露骨……」料理屋の余り露骨は可訝《おか》しいがね、腰掛同然の店だからさ、そこから、むすび針魚《さより》の椀《わん》、赤貝の酢などという代表的なやつを並べると、お時が店をしめて、台所から、これが、どうだい葛籠《つづら》に秘め置いた小紋の小袖に、繻珍《しゅちん》の帯という扮装《いでたち》で画伯ご所望の前垂《まえだれ》をはずしてお取持さ。色紙、短冊、扇面、紙本、立どころに、雨となり、雲となり……いや少し慎もう……竹となり、蘭となる。……情流既に枯渇して、今はただ金慾《きんよく》、野《や》を燎《や》く髯だからね。向うの写真館の、それ「三大画伯お写真。」へは、三崎座の看板前、大道の皿廻しほどには人だかりがするんだから、考えたんだよ。
(――これ皆、中洲を伺い、三崎町を覗く、荷高似内の見聞して報ずるところさ。)
ところで、青麟――青麟と中洲の関係は、はじめ、ただ、貸本屋から本を借りるには、帳面へ、所番地を控える常規《きまり》だ。きっと、馴染か、その時が初めかは分らないが、店頭《みせさき》で見たお嬢さんの住居《すまい》も名も、すぐ分るだろう、というので、誰に見せる気だか薄化粧《うすげ》って。」
「白粉《おしろい》を?……遣るだろう!」
「すぼめ口に紅をつけて「ほほほ景気はどうかね。」とお伽堂へ一人で青麟が顕《あら》われたそうだ。この方は、女房の手にも足にも触りっこなし、傍へ寄ろうともしない澄まし方、納まり方だそうだが、見ていると、むかっとする、離れていても胸が悪い、口をきかれると、虫唾《むしず》が走る、ほほほ、と笑われると、ぐ、ぐ、と我知らず、お時が胸へ嘔上《こみあ》げて、あとで黄色い水を吐く……」
「聞いちゃおられん、そ、そいつが我がお京さんを。」
「痛い、痛い。」
「あ、何度めだい、また握手した。糸|的《こう》もよく一息に饒舌《しゃべ》ったなあ。」
三十一
「まず握手を解こう。両方がこう意気込んでは、青麟輩に――断って置くが、意地にも我慢にも、所得は違うが――彼等に対して、いやしくも、糸七、弦光二人|掛《がか》りのようで癪に障る。そこで、大切なその話はどうなったんだい。」
「……いずれ、その安料理屋へ青麟を請待《しょうだい》さ。こいつは、あと二人より大分に値が違
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