《わな》にかかるために、私の身体《からだ》を油でいためてでも差上げたいくらいに思うんですが……それはお察しなさいましよ。」
「言語道断」と与五郎は石段をずるりと辷《すべ》った。

       十五

「そして、別にお触《さわ》りはございませんの。おとしよりが、こんなに、まあ、御苦労を遊ばして。」
「いや、老人、胸が、むず痒《がゆ》うて、ただ身体《からだ》の震えまする外、ここに参ってからはまた格別一段の元気じゃ、身体《からだ》は決してお案じ下さりょう事はない。かえって何かの悟《さとり》を得ようと心嬉しいばかりでござる。が、御母堂様は。」
「母はね、お爺様、寝ましたきり、食が細って困るんです。」
「南無三宝《なむさんぽう》。」
「今夜は、ちと更けましてから、それでも蕎麦《そば》かきをして食べてみよう、とそう言いましてね、ちょうど父の在所から届きました新蕎麦の粉がありましたものですから、私が枕頭《まくらもと》で拵《こしら》えました。父は、あの一晩泊りにその在へ参って留守なのです。母とまた、お爺様、貴老《あなた》の事をそう申して……きっとお社《やしろ》においでなさるに違いない、内へお迎えをし
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