がある。瓜《うり》は作らぬが近まわりに番小屋も見えず、稲が無ければ山田|守《も》る僧都《そうず》もおわさぬ。
 雲から投出したような遣放《やりぱな》しの空地に、西へ廻った日の赤々と射《さ》す中に、大根の葉のかなたこなたに青々と伸びたを視《なが》めて、
「さて世はめでたい、豊年の秋じゃ、つまみ菜もこれ太根《ふとね》になったよ。」
 と、一つ腰を伸《の》して、杖《つえ》がわりの繻子張《しゅすばり》の蝙蝠傘《こうもりがさ》の柄に、何の禁厭《まじない》やら烏瓜《からすうり》の真赤《まっか》な実、藍《あい》、萌黄《もえぎ》とも五つばかり、蔓《つる》ながらぶらりと提げて、コツンと支《つ》いて、面長で、人柄な、頤《あご》の細いのが、鼻の下をなお伸《のば》して、もう一息、兀《はげ》の頂辺《てっぺん》へ扇子を翳《かざ》して、
「いや、見失ってはならぬぞ、あの、緑青色《ろくしょういろ》した鳶《とび》が目当じゃ。」
 で、白足袋に穿込《はきこ》んだ日和下駄《ひよりげた》、コトコトと歩行《ある》き出す。
 年齢《とし》六十に余る、鼠と黒の万筋の袷《あわせ》に黒の三ツ紋の羽織、折目はきちんと正しいが、色のやや褪
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