の猟人《かりゅうど》をば附合うてくれられた。それより中絶をしていますに因って、手馴《てな》れねば覚束《おぼつか》ない、……この与五郎が、さて覚束のうては、余はいずれも若い人《じん》、まだ小児《こども》でござる。
折からにつけ忘れませぬは、亡き師匠、かつは昔勤めました舞台の可懐《なつかし》さに、あの日、その邸の用も首尾すまいて、芝の公園に参って、もみじ山のあたりを俳徊《はいかい》いたし、何とも涙に暮れました。帰りがけに、大門前の蕎麦屋《そばや》で一酌傾け、思いの外の酔心《よいごころ》に、フト思出しましたは、老人一|人《にん》の姪《めい》がござる。
これが海軍の軍人に縁付いて、近頃相州の逗子《ずし》に居《お》ります。至って心の優しい婦人で、鮮《あたら》しい刺身を進じょう、海の月を見に来い、と音信《おとずれ》のたびに云うてくれます。この時と、一段思付いて、遠くもござらぬ、新橋駅から乗りました。が、夏の夜《よ》は短うて、最早や十時。この汽車は大船が乗換えでありましての、もっとも両三度は存じております。鎌倉、横須賀は、勤めにも参った事です――
時に、乗込みましたのが、二等と云う縹色《はなだいろ》の濁った天鵝絨《びろうど》仕立、ずっと奥深い長い部屋で、何とやら陰気での、人も沢山《たんと》は見えませいで、この方、乗りました砌《みぎり》には、早や新聞を顔に乗せて、長々と寝た人も見えました。
入口の片隅に、フト燈《あかり》の暗い影に、背屈《せくぐ》まった和尚がござる! 鼠色の長頭巾《もっそう》、ト二尺ばかり頭《ず》を長う、肩にすんなりと垂《たれ》を捌《さば》いて、墨染の法衣《ころも》の袖を胸で捲《ま》いて、寂寞《じゃくまく》として踞《うずくま》った姿を見ました……
何心もありませぬ。老人、その前を通って、ずっとの片端、和尚どのと同じ側の向うの隅で、腰を落しつけて、何か、のかぬ中の老和尚、死なば後前《あとさき》、冥土《めいど》の路の松並木では、遠い処に、影も、顔も見合おうず、と振向いて見まするとの……」
娘は浅葱《あさぎ》の清らかな襟を合す。
父爺《おやじ》の家主は、棄てた楊枝《ようじ》を惜しそうに、チョッと歯ぜせりをしながら、あとを探して、時々|唾《つば》吐く。
十一
「早や遠い彼方《あなた》に、右の和尚どの、形|朦朧《もうろう》として、灰をば束《つか
前へ
次へ
全31ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング