抜けて、隣邸の冠木門《かぶきもん》を覗《のぞ》く梅ヶ枝の影に縋《すが》って留《とま》ると、件《くだん》の出窓に、鼻の下を伸《のば》して立ったが、眉をくしゃくしゃと目を瞑《ねむ》って、首を振って、とぼとぼと引返して、さあらぬ垣越。百日紅《さるすべり》の燃残《もえのこ》りを、真向《まっこう》に仰いで、日影を吸うと、出損なった嚔《くさめ》をウッと吸って、扇子の隙なく袖を圧《おさ》える。
そのまま、立直って、徐々《そろそろ》と、も一度戻って、五段ばかり石を築《つ》いた小高い格子戸の前を行過ぎた。が溝《どぶ》はなしに柵を一小間《ひとこま》、ここに南天の実が赤く、根にさふらん[#「さふらん」に傍点]の花が芬《ぷん》と薫るのと並んで、その出窓があって、窓硝子《まどがらす》の上へ真白《まっしろ》に塗った鉄《かね》の格子、まだ色づかない、蔦《つた》の葉が桟に縋って廂《ひさし》に這《は》う。
思わず、そこへ、日向にのぼせた赤い顔の皺面《しわづら》で、鼻筋の通ったのを、まともに、伸《のし》かかって、ハタと着《つ》ける、と、颯《さっ》と映るは真紅の肱附《ひじつき》。牡丹《ぼたん》たちまち驚いて飜《ひるがえ》れば、花弁《はなびら》から、はっと分れて、向うへ飛んだは蝴蝶《ちょうちょう》のような白い顔、襟の浅葱《あさぎ》の洩《も》れたのも、空が映って美しい。
老人転倒せまい事か。――やあ、緑青色の夥間《なかま》に恥《は》じよ、染殿《そめどの》の御后《おんきさい》を垣間《かいま》見た、天狗《てんぐ》が通力を失って、羽の折れた鵄《とび》となって都大路にふたふたと羽搏《はう》ったごとく……慌《あわただ》しい遁《に》げ方して、通用門から、どたりと廻る。とやっとそこで、吻《ほっ》と息。
ちょうどその時、通用門にひったりと附着《くッつ》いて、後背《うしろ》むきに立った男が二人居た。一人は、小倉《こくら》の袴《はかま》、絣《かすり》の衣服《きもの》、羽織を着ず。一人は霜降《しもふり》の背広を着たのが、ふり向いて同じように、じろりと此方《こなた》を見たばかり。道端《みちばた》の事、とあえて意《こころ》にも留めない様子で、同じように爪《つま》さきを刻んでいると、空の鵄が暗号《あいず》でもしたらしい、一枚びらき馬蹄形《ばていがた》の重い扉《と》が、長閑《のどか》な小春に、ズンと響くと、がらがらぎいと鎖で開《
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