湧《わ》き、地に水論《すいろん》の修羅《しゅら》の巷《ちまた》の流れたやうに聞えるけれど、決して、そんな、物騒《ぶっそう》な沙汰《さた》ではない。
恁《かか》る折から、地方巡業の新劇団、女優を主《しゅ》とした帝都の有名なる大一座《おおいちざ》が、此の土地に七日間《なのかかん》の興行して、全市の湧くが如き人気を博した。
極暑《ごくしょ》の、旱《ひでり》と言ふのに、たとひ如何《いか》なる人気にせよ、湧くの、煮《に》えるのなどは、口にするも暑くるしい。が、――諺《ことわざ》に、火事の折から土蔵の焼けるのを防ぐのに、大盥《おおだらい》に満々《まんまん》と水を湛《たた》へ、蝋燭《ろうそく》に灯《ひ》を点じたのを其《そ》の中に立てて目塗《めぬり》をすると、壁を透《とお》して煙が裡《うち》へ漲《みなぎ》つても、火気を呼ばないで安全だと言ふ。……火を以て火を制するのださうである。
こゝに女優たちの、近代的情熱の燃ゆるが如き演劇は、恰《あたか》も此の轍《てつ》だ、と称《とな》へて可《い》い。雲は焚《や》け、草は萎《しぼ》み、水は涸《か》れ、人は喘《あえ》ぐ時、一座の劇は宛然《さながら》褥熱《じょく
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