いた、つくりものの自の神馬《しんめ》が寂寞《せきばく》として一頭《ひとつ》立つ。横に公園へ上《あが》る坂は、見透《みとお》しに成つて居たから、涼傘《ひがさ》のまゝスツと鳥居から抜けると、紫玉の姿は色のまゝ鳥居の柱に映つて通る。……其処《そこ》に屋根囲《やねがこい》した、大《おおい》なる石の御手洗《みたらし》があつて、青き竜頭《りゅうず》から湛《たた》へた水は、且《か》つすら/\と玉を乱して、颯《さっ》と簾《すだれ》に噴溢《ふきあふ》れる。其手水鉢《そのちょうずばち》の周囲《まわり》に、唯《ただ》一人……其の稚児《ちご》が居たのであつた。
が、炎天、人影も絶えた折から、父母《ちちはは》の昼寝の夢を抜出《ぬけだ》した、神官の児《こ》であらうと紫玉は視《み》た。ちら/\廻りつゝ、廻りつゝ、彼方此方《あちこち》する。……
唯《と》、御手洗は高く、稚児は小さいので、下を伝うてまはりを廻るのが、宛然《さながら》、石に刻んだ形が、噴溢《ふきあふ》れる水の影に誘はれて、すら/\と動くやうな。……と視るうちに、稚児は伸上《のびあが》り、伸上《のびあが》つては、いたいけな手を空に、すらりと動いて、伸上つては、又空に手を伸ばす。――
紫玉はズツと寄つた。稚児は最《も》う涼傘《ひがさ》の陰に入つたのである。
「一寸《ちょっと》……何をして居るの。」
「水が欲しいの。」
と、あどけなく言つた。
あゝ、其《それ》がため足場を取つては、取替《とりか》へては、手を伸ばす、が爪立《つまだ》つても、青い巾《きれ》を巻いた、其の振分髪《ふりわけがみ》、まろが丈《たけ》は……筒井筒《つついづつ》其の半《なかば》にも届くまい。
三
其の御手洗《みたらし》の高い縁《ふち》に乗つて居る柄杓《ひしゃく》を、取りたい、と又|稚児《ちご》が然《そ》う言つた。
紫玉は思はず微笑《ほほえ》んで、
「あら、恁《こ》うすれば仔細《わけ》はないよ。」
と、半身《はんしん》を斜めにして、溢《あふ》れかゝる水の一筋《ひとすじ》を、玉《たま》の雫《しずく》に、颯《さっ》と散らして、赤く燃ゆるやうな唇に請《う》けた。ちやうど渇いても居たし、水の潔《きよ》い事を見たのは言ふまでもない。
「ねえ、お前。」
稚児が仰いで、熟《じっ》と紫玉を視《み》て、
「手を浄《きよ》める水だもの。」
直接《じか》に
前へ
次へ
全32ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング