、色の白い上品な、……男の児にしては些《ち》と綺麗《きれい》過ぎるから女の児――だとリボンだね。――青いリボン。……幼稚《ちいさ》くたつて緋《ひ》と限りもしないわね。では、矢張《やっぱ》り女の児か知ら。それにしては麦藁帽子……尤《もっと》もおさげに結《ゆ》つてれば……だけど、其処《そこ》までは気が付かない。……」
大通りは一筋《ひとすじ》だが、道に迷ふのも一興で、其処《そこ》ともなく、裏小路《うらこうじ》へ紛れ込んで、低い土塀《どべい》から瓜《うり》、茄子《なす》の畠《はたけ》の覗《のぞ》かれる、荒《あ》れ寂《さび》れた邸町《やしきまち》を一人で通つて、まるつ切《きり》人に行合《ゆきあ》はず。白熱した日盛《ひざかり》に、よくも羽が焦げないと思ふ、白い蝶々《ちょうちょう》の、不意にスツと来て、飜々《ひらひら》と擦違《すれちが》ふのを、吃驚《びっくり》した顔をして見送つて、そして莞爾《にっこり》……したり……然《そ》うした時は象牙骨《ぞうげぼね》の扇で一寸《ちょっと》招いて見たり。……土塀の崩屋根《くずれやね》を仰いで血のやうな百日紅《さるすべり》の咲満《さきみ》ちた枝を、涼傘《ひがさ》の尖《さき》で擽《くす》ぐる、と堪《たま》らない。とぶる/\ゆさ/\と行《や》るのに、「御免なさい。」と言つて見たり。石垣の草蒸《くさいきれ》に、棄《す》ててある瓜の皮が、化《ば》けて脚《あし》が生えて、むく/\と動出《うごきだ》しさうなのに、「あれ。」と飛退《とびの》いたり。取留《とりと》めのないすさびも、此の女の人気なれば、話せば逸話に伝へられよう。
低い山かと見た、樹立《こだち》の繁つた高い公園の下へ出ると、坂の上《のぼ》り口《くち》に社《やしろ》があつた。
宮も大きく、境内《けいだい》も広かつた。が、砂浜に鳥居を立てたやうで、拝殿《はいでん》の裏崕《うらがけ》には鬱々《うつうつ》たる其の公園の森を負《お》ひながら、広前《ひろまえ》は一面、真空《まそら》なる太陽に、礫《こいし》の影一つなく、唯《ただ》白紙《しらかみ》を敷詰《しきつ》めた光景《ありさま》なのが、日射《ひざし》に、やゝ黄《きば》んで、渺《びょう》として、何処《どこ》から散つたか、百日紅の二三点。
……覗くと、静まり返つた正面の階《きざはし》の傍《かたわら》に、紅《べに》の手綱《たづな》、朱《しゅ》の鞍《くら》置
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