ない。国境の山、赤く、黄に、峰《みね》嶽《たけ》を重ねて爛《ただ》れた奥に、白蓮《びゃくれん》の花、玉の掌《たなそこ》ほどに白く聳《そび》えたのは、四時《しじ》に雪を頂いて幾万年《いくまんねん》の白山《はくさん》ぢや。貴女《あなた》、時を計つて、其の鸚鵡《おうむ》の釵を抜いて、山の其方《そなた》に向つて翳《かざ》すを合図に、雲は竜の如く湧《わ》いて出よう。――尚《な》ほ其の上に、可《よ》いか、名を挙げられい。……」
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――賢人《かしこびと》の釣《つり》を垂れしは、
厳陵瀬《げんりょうらい》の河の水。
月影ながらもる夏は、
山田の筧《かけい》の水とかや。――……
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        十一

 翌日の午後の公園は、炎天の下に雲よりは早く黒く成つて人が湧《わ》いた。煉瓦《れんが》を羽蟻《はあり》で包んだやうな凄《すさま》じい群集である。
 かりに、鎌倉殿《かまくらどの》として置かう。此の……県に成上《なりあがり》の豪族、色好《いろごの》みの男爵で、面構《つらがまえ》も風采《ふうつき》も巨頭公《あたまでっかち》に良《よう》似《に》たのが、劇興行《しばいこうぎょう》のはじめから他《た》に手を貸さないで紫玉を贔屓《ひいき》した、既に昨夜《ゆうべ》も或処《あるところ》で一所《いっしょ》に成る約束があつた。其の間《ま》の時間を、紫玉は微行《びこう》したのである。が、思ひも掛けない出来事のために、大分の隙入《ひまいり》をしたものの、船に飛んだ鯉《こい》は、其のよしを言《こと》づけて初穂《はつほ》と言ふのを、氷詰めにして、紫玉から鎌倉殿へ使《つかい》を走らせたほどなのであつた。――
 車の通ずる処《ところ》までは、最《も》う自動車が来て待つて居て、やがて、相会《あいかい》すると、或《ある》時間までは附添《つきそ》つて差支《さしつか》へない女弟子の口から、真先《まっさき》に予言者の不思議が漏《も》れた。
 一議に及ばぬ。
 其の夜《よ》のうちに、池の島へ足代《あじろ》を組んで、朝は早《は》や法壇が調《ととの》つた。無論、略式である。
 県社の神官に、故実《こじつ》の詳しいのがあつて、神燈《しんとう》を調へ、供饌《ぐせん》を捧げた。
 島には鎌倉殿の定紋《じょうもん》ついた帷幕《まんまく》を引繞《ひきめぐ》らして、威儀を正した夥多《あまた》の神
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