《やねがこい》した、大《おおい》なる石の御手洗《みたらし》があって、青き竜頭《りゅうず》から湛《たた》えた水は、且つすらすらと玉を乱して、颯《さっ》と簾《すだれ》に噴溢《ふきあふ》れる。その手水鉢《ちょうずばち》の周囲《まわり》に、ただ一人……その稚児が居たのであった。
が、炎天、人影も絶えた折から、父母《ちちはは》の昼寝の夢を抜出した、神官の児《こ》であろうと紫玉は視《み》た。ちらちら廻りつつ、廻りつつ、あちこちする。……
と、御手洗は高く、稚児は小さいので、下を伝うてまわりを廻るのが、さながら、石に刻んだ形が、噴溢れる水の影に誘われて、すらすらと動くような。……と視るうちに、稚児は伸上り、伸上っては、いたいけな手を空に、すらりと動いて、伸上っては、また空に手を伸ばす。――
紫玉はズッと寄った。稚児はもう涼傘の陰に入ったのである。
「ちょっと……何をしているの。」
「水が欲しいの。」
と、あどけなく言った。
ああ、それがため足場を取っては、取替えては、手を伸ばす、が爪立っても、青い巾《きれ》を巻いた、その振分髪、まろが丈は……筒井筒《つついづつ》その半《なかば》にも届くまい
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