、名なればそれを誇《ほこり》として、指にも髪にも飾らなかった、紫の玉ただ一つ。――紫玉は、中高な顔に、深く月影に透かして差覗《さしのぞ》いて、千尋《ちひろ》の淵《ふち》の水底《みなそこ》に、いま落ちた玉の緑に似た、門と柱と、欄干と、あれ、森の梢《こずえ》の白鷺《しらさぎ》の影さえ宿る、櫓《やぐら》と、窓と、楼《たかどの》と、美しい住家《すみか》を視《み》た。
「ぬしにもなって、この、この田舎のものども。」
縋る波に力あり、しかと引いて水を掴《つか》んで、池に倒《さかさま》に身を投じた。爪尖《つまさき》の沈むのが、釵の鸚鵡《おうむ》の白く羽うつがごとく、月光に微《かすか》に光った。
「御坊様、貴方は?」
「ああ、山国の門附《かどづけ》芸人、誇れば、魔法つかいと言いたいが、いかな、さまでの事もない。昨日《きのう》から御目に掛けた、あれは手品じゃ。」
坊主は、欄干に擬《まが》う苔蒸《こけむ》した井桁《いげた》に、破法衣《やれごろも》の腰を掛けて、活《い》けるがごとく爛々として眼《まなこ》の輝く青銅の竜の蟠《わだかま》れる、角《つの》の枝に、肱《ひじ》を安らかに笑みつつ言った。
「私に、
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