《きざはし》を踏んで上った、金方《きんかた》か何ぞであろう、芝居もので。
肩をむずと取ると、
「何だ、状《ざま》は。小町や静《しずか》じゃあるめえし、増長しやがるからだ。」
手の裏かえす無情さは、足も手もぐたりとした、烈日に裂けかかる氷のような練絹《ねりぎぬ》の、紫玉のふくよかな胸を、酒焼《さかやけ》の胸に引掴《ひッつか》み、毛脛《けずね》に挟んで、
「立たねえかい。」
十三
「口惜《くや》しい!」
紫玉は舷《ふなばた》に縋《すが》って身を震わす。――真夜中の月の大池に、影の沈める樹の中に、しぼめる睡蓮《すいれん》のごとく漾《ただよ》いつつ。
「口惜しいねえ。」
車馬の通行を留めた場所とて、人目の恥に歩行《あゆ》みもならず、――金方《きんかた》の計らいで、――万松亭《ばんしょうてい》という汀《みぎわ》なる料理店に、とにかく引籠《ひっこも》る事にした。紫玉はただ引被《ひっかつ》いで打伏した。が、金方は油断せず。弟子たちにも旨を含めた。で、次場所の興行かくては面白かるまいと、やけ酒を煽《あお》っていたが、酔倒れて、それは寝た。
料理店の、あの亭主は、心|優《やさ
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