ると、日の昨《さく》の、短夜もはや半ばなりし紗《しゃ》の蚊帳《かや》の裡《うち》を想い出した。……
 雨乞のためとて、精進潔斎させられたのであるから。
「漕《こ》げ。」
 紫幕の船は、矢を射るように島へ走る。
 一度、駆下りようとした紫玉の緋裳《ひもすそ》は、この船の激しく襲ったために、一度引留められたものである。
「…………」
 と喚く鎌倉殿の、何やら太い声に、最初、白丁《はくちょう》に豆烏帽子で傘《からかさ》を担いだ宮奴《みややっこ》は、島のなる幕の下を這《は》って、ヌイと面《つら》を出した。
 すぐに此奴《こいつ》が法壇へ飛上った、その疾《はや》さ。
 紫玉がもはや、と思い切って池に飛ぼうとする処を、圧《おさ》えて、そして剥《は》いだ。
 女の身としてあらりょうか。
 あの、雪を束《つか》ねた白いものの、壇の上にひれ伏した、あわれな状《さま》は、月を祭る供物に似て、非ず、旱魃《かんばつ》の鬼一口の犠牲《にえ》である。
 ヒイと声を揚げて弟子が二人、幕の内で、手放しにわっと泣いた。
 赤ら顔の大入道の、首抜きの浴衣の尻を、七のずまで引めくったのが、苦り切ったる顔して、つかつかと、階
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