、しばしを待つ間《ま》を、法壇を二廻り三廻り緋の袴して輪に歩行《ある》いた。が、これは鎮守の神巫《みこ》に似て、しかもなんば、という足どりで、少なからず威厳を損じた。
 群集の思わんほども憚《はばか》られて、腋《わき》の下に衝《つ》と冷き汗を覚えたのこそ、天人の五衰《ごすい》のはじめとも言おう。
 気をかえて屹《きっ》となって、もの忘れした後見《こうけん》に烈《はげ》しくきっかけを渡す状《さま》に、紫玉は虚空に向って伯爵の鸚鵡を投げた。が、あの玩具《おもちゃ》の竹蜻蛉のように、晃々《きらきら》と高く舞った。
「大神楽《だいかぐら》!」
 と喚《わめ》いたのが第一番の半畳で。
 一人口火を切ったから堪らない。練馬大根と言う、おかめと喚く。雲の内侍《ないじ》と呼ぶ、雨しょぼを踊れ、と怒鳴る。水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈《ざんぼうばり》は雷《いかずち》のごとく哄《どっ》と沸く。
 鎌倉殿は、船中において嚇怒《かくど》した。愛寵《あいちょう》せる女優のために群集の無礼を憤ったのかと思うと、――そうではない。この、好色の豪族は、疾《はや》く雨乞の験《しるし》なしと見て取
前へ 次へ
全54ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング