びめ》を胸に、烏帽子を背に掛けた。
 それから伯爵の釵を抜いて、意気込んで一振り振ると、……黒髪の颯《さっ》と捌《さば》けたのが烏帽子の金に裏透いて、さながら金屏風《きんびょうぶ》に名誉の絵師の、松風を墨で流したようで、雲も竜もそこから湧くか、と視《なが》められた。――これだけは工夫した女優の所作で、手には白金《プラチナ》が匕首《あいくち》のごとく輝いて、凄艶《せいえん》比類なき風情であった。
 さてその鸚鵡《おうむ》を空に翳《かざ》した。
 紫玉の※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った瞳《め》には、確《たしか》に天際の僻辺《へきへん》に、美女の掌《て》に似た、白山は、白く清く映ったのである。
 毛筋ほどの雲も見えぬ。
 雨乞の雨は、いずれも後刻の事にして、そのまま壇を降《くだ》ったらば無事だったろう。ところが、遠雷の音でも聞かすか、暗転にならなければ、舞台に馴《な》れた女優だけに幕が切れない。紫玉は、しかし、目前《まのあたり》鯉魚《りぎょ》の神異を見た、怪しき僧の暗示と讖言《しんげん》を信じたのであるから、今にも一片の雲は法衣の袖のように白山の眉に飜るであろうと信じて
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