控えたのである。
 あの、底知れずの水に浮いた御幣は、やがて壇に登るべき立女形《たておやま》に対して目触《めざわ》りだ、と逸早く取退《とりの》けさせ、樹立《こだち》さしいでて蔭ある水に、例の鷁首《げきしゅ》の船を泛《うか》べて、半ば紫の幕を絞った裡《うち》には、鎌倉殿をはじめ、客分として、県の顕官、勲位の人々が、杯を置いて籠《こも》った。――雨乞に参ずるのに、杯をめぐらすという故実は聞かぬが、しかし事実である。
 伶人《れいじん》の奏楽一順して、ヒュウと簫《しょう》の音《ね》の虚空に響く時、柳の葉にちらちらと緋《ひ》の袴《はかま》がかかった。
 群集は波を揉《も》んで動揺《なだれ》を打った。
 あれに真白《まっしろ》な足が、と疑う、緋の袴は一段、階《きざはし》に劃《しき》られて、二条《ふたすじ》の紅《べに》の霞を曳《ひ》きつつ、上紫に下|萌黄《もえぎ》なる、蝶鳥の刺繍《ぬい》の狩衣《かりぎぬ》は、緑に透き、葉に靡《なび》いて、柳の中を、するすると、容顔美麗なる白拍子。紫玉は、色ある月の風情して、一千の花の燈《ともし》の影、百を数うる雪の供饌に向うて法壇の正面にすらりと立つ。
 花火の中
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