た。
若衆に取寄せさせた、調度を控えて、島の柳に纜《もや》った頃は、そうでもない、汀《みぎわ》の人立《ひとだち》を遮るためと、用意の紫の幕を垂れた。「神慮の鯉魚、等閑《なおざり》にはいたしますまい。略儀ながら不束《ふつつか》な田舎料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直って真魚箸《まなばし》を構えた。
――釵は鯉の腹を光って出た。――竜宮へ往来した釵の玉の鸚鵡《おうむ》である。
「太夫様――太夫様。」
ものを言おうも知れない。――
とばかりで、二声聞いたように思っただけで、何の気勢《けはい》もしない。
風も囁《ささや》かず、公園の暗夜《やみよ》は寂しかった。
「太夫様。」
「太夫様。」
うっかり釵を、またおさえて、
「可厭《いや》だ、今度はお前さんたちかい。」
十
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――水のすぐれ覚ゆるは、
西天竺《せいてんじく》の白鷺池《はくろち》、
じんじょうきょゆうにすみわたる、
昆明池《こんめいち》の水の色、
行末《ゆくすえ》久しく清《す》むとかや。
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「お待ち。」
紫玉は耳を澄《すま》した。道の露芝、曲水の汀
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