、しかも出世魚と申す鯉魚《りぎょ》の、お船へ飛込みましたというは、類稀《たぐいまれ》な不思議な祥瑞《しょうずい》。おめでとう存じまする、皆、太夫様の御人徳。続きましては、手前預りまする池なり、所持の屋形船。烏滸《おこ》がましゅうござりますが、従って手前どもも、太夫様の福分、徳分、未曾有《みぞう》の御人気の、はや幾分かおこぼれを頂戴いたしたも同じ儀で、かような心嬉しい事はござりませぬ。なおかくの通りの旱魃《かんばつ》、市内はもとより近郷隣国、ただ炎の中に悶《もだ》えまする時、希有《けう》の大魚の躍りましたは、甘露、法雨やがて、禽獣《きんじゅう》草木《そうもく》に到るまでも、雨に蘇生《よみがえ》りまする前表かとも存じまする。三宝の利益《りやく》、四方の大慶。太夫様にお祝儀を申上げ、われらとても心祝いに、この鯉魚《こい》を肴《さかな》に、祝うて一献、心ばかりの粗酒を差上げとう存じまする。まず風情はなくとも、あの島影にお船を繋《つな》ぎ、涼しく水ものをさしあげて、やがてお席を母屋の方へ移しましょう。」で、辞退も会釈もさせず、紋着《もんつき》の法然頭《ほうねんあたま》は、もう屋形船の方へ腰を据え
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