ね》つけた女房《にょうぼ》の、微《かすか》な夢の影らしく、ひらひらと一つ、葉ばかりの燕子花《かきつばた》を伝って飛ぶのが、このあたりの御殿女中の逍遥《しょうよう》した昔の幻を、寂しく描いて、都を出た日、遠く来た旅を思わせる。
 すべて旧藩侯の庭園だ、と言うにつけても、贈主《おくりぬし》なる貴公子の面影さえ浮ぶ、伯爵の鸚鵡《おうむ》を何としょう。
 霊廟《れいびょう》の土の瘧《おこり》を落し、秘符の威徳の鬼を追うよう、たちどころに坊主の虫歯を癒《いや》したはさることながら、路々《みちみち》も悪臭《わるぐさ》さの消えないばかりか、口中の臭気は、次第に持つ手を伝《つたわ》って、袖にも移りそうに思われる。
 紫玉は、樹の下に涼傘《ひがさ》を畳んで、滝を斜めに視《み》つつ、池の縁《へり》に低くいた。
 滝は、旱《ひでり》にしかく骨なりといえども、巌《いわお》には苔蒸《こけむ》し、壺は森を被《かつ》いで蒼《あお》い。しかも巌《いわ》がくれの裏に、どうどうと落ちたぎる水の音の凄《すさま》じく響くのは、大樋《おおどい》を伏せて二重に城の用水を引いた、敵に対する要害で、地下を城の内濠《うちぼり》に灌《そ
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