たのである。父娘《おやこ》はただ、紫玉の挙動《ふるまい》にのみ気を奪《と》られていたろう。……この辺を歩行《ある》く門附みたいなもの、とまた訊けば、父親がついぞ見掛けた事はない。娘が跣足《はだし》でいました、と言ったので、旅から紛込んだものか、それも分らぬ。
と、言ううちにも、紫玉はちょいちょい眉を顰《ひそ》めた。抜いて持った釵《かんざし》、鬢《びん》摺《ず》れに髪に返そうとすると、や、するごとに、手の撓《しな》うにさえ、得も言われない、異な、変な、悪臭い、堪《たま》らない、臭気《におい》がしたのであるから。
城は公園を出る方で、そこにも影がないとすると、吹矢の道を上ったに相違ない。で、後へ続くには堪えられぬ。
そこで滝の道を訊《き》いて――ここへ来た。――
泉殿《せんでん》に擬《なぞら》えた、飛々《とびとび》の亭《ちん》のいずれかに、邯鄲《かんたん》の石の手水鉢《ちょうずばち》、名品、と教えられたが、水の音より蝉の声。で、勝手に通抜けの出来る茶屋は、昼寝の半ばらしい。どの座敷も寂寞《ひっそり》して人気勢《ひとけはい》もなかった。
御歯黒《おはぐろ》蜻蛉《とんぼ》が、鉄漿《か
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