か》に憩いながら、緋塩瀬《ひしおぜ》の煙管筒《きせるづつ》の結目《むすびめ》を解掛けつつ、偶《ふ》と思った。……
 髷《まげ》も女優巻でなく、わざとつい通りの束髪で、薄化粧の淡洒《あっさり》した意気造《いきづくり》。形容《しな》に合せて、煙草入《たばこいれ》も、好みで持った気組の婀娜《あだ》。
 で、見た処は芸妓《げいしゃ》の内証歩行《ないしょあるき》という風だから、まして女優の、忍びの出、と言っても可《い》い風采《ふう》。
 また実際、紫玉はこの日は忍びであった。演劇《しばい》は昨日《きのう》楽になって、座の中には、直ぐに次《つぎ》興行の隣国へ、早く先乗《さきのり》をしたのが多い。が、地方としては、これまで経歴《へめぐ》ったそこかしこより、観光に価値《あたい》する名所が夥《おびただし》い、と聞いて、中二日ばかりの休暇《やすみ》を、紫玉はこの土地に居残った。そして、旅宿に二人附添った、玉野、玉江という女弟子も連れないで、一人で密《そっ》と、……日盛《ひざかり》もこうした身には苦にならず、町中《まちなか》を見つつ漫《そぞろ》に来た。
 惟《おも》うに、太平の世の国の守《かみ》が、隠れて民
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