なる大一座が、この土地に七日間の興行して、全市の湧くがごとき人気を博した。
極暑の、旱《ひでり》というのに、たといいかなる人気にせよ、湧くの、煮えるのなどは、口にするも暑くるしい。が、――諺《ことわざ》に、火事の折から土蔵の焼けるのを防ぐのに、大盥《おおだらい》に満々と水を湛《たた》え、蝋燭《ろうそく》に灯を点じたのをその中に立てて目塗《めぬり》をすると、壁を透《とお》して煙が裡《うち》へ漲《みなぎ》っても、火気を呼ばないで安全だと言う。……火をもって火を制するのだそうである。
ここに女優たちの、近代的情熱の燃ゆるがごとき演劇は、あたかもこの轍《てつ》だ、と称《とな》えて可《い》い。雲は焚《や》け、草は萎《しぼ》み、水は涸《か》れ、人は喘《あえ》ぐ時、一座の劇はさながら褥熱《じょくねつ》に対する氷のごとく、十万の市民に、一剤、清涼の気を齎《もた》らして剰余《あまり》あった。
膚《はだ》の白さも雪なれば、瞳も露の涼しい中にも、拳《こぞ》って座中の明星と称《たた》えられた村井|紫玉《しぎょく》が、
「まあ……前刻《さっき》の、あの、小さな児《こ》は?」
公園の茶店に、一人|静《しず
前へ
次へ
全54ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング