しながら、茶店に向って、吻《ほっ》と、立直って一息|吐《つ》く。
紫玉の眉の顰《ひそ》む時、五間ばかり軒を離れた、そこで早や、此方《こなた》へぐったりと叩頭《おじぎ》をする。
知らない振《ふり》して、目をそらして、紫玉が釵に俯向《うつむ》いた。が、濃い睫毛《まつげ》の重くなるまで、坊主の影は近《ちかづ》いたのである。
「太夫様。」
ハッと顔を上げると、坊主は既に敷居を越えて、目前《めさき》の土間に、両膝を折っていた。
「…………」
「お願でござります。……お慈悲じゃ、お慈悲、お慈悲。」
仮初《かりそめ》に置いた涼傘《ひがさ》が、襤褸《ぼろ》法衣《ごろも》の袖に触れそうなので、密《そっ》と手元へ引いて、
「何ですか。」と、坊主は視ないで、茶屋の父娘《おやこ》に目を遣《や》った。
立って声を掛けて追おうともせず、父も娘も静《しずか》に視ている。
五
しばらくすると、この旱《ひでり》に水は涸《か》れたが、碧緑《へきりょく》の葉の深く繁れる中なる、緋葉《もみじ》の滝と云うのに対して、紫玉は蓮池《はすいけ》の汀《みぎわ》を歩行《ある》いていた。ここに別に滝の四阿《あ
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