し乱れた処、色白な容色《きりょう》よしで、浅葱《あさぎ》の手柄《てがら》が、いかにも似合う細君だが、この女もまた不思議に浅葱の手柄で。鬢《びん》の色っぽい処から……それそれ、少し仰向《あおむ》いている顔つき。他人が、ちょっと眉を顰《ひそ》める工合《ぐあい》を、その細君は小鼻から口元に皺《しわ》を寄せる癖がある。……それまでが、そのままで、電車を待草臥《まちくたび》れて、雨に侘《わび》しげな様子が、小鼻に寄せた皺に明白《あからさま》であった。
 勿論、別人とは納得しながら、うっかり口に出そうな挨拶《こんにちは》を、唇で噛留《かみと》めて、心着くと、いつの間にか、足もやや近づいて、帽子に手を掛けていた極《きまり》の悪さに、背を向けて立直ると、雲低く、下谷《したや》、神田の屋根一面、雨も霞も漲《みなぎ》って濁った裡《なか》に、神田明神の森が見える。
 と、緋縮緬の女が、同じ方を凝《じっ》と視《み》ていた。

       三

 鼻の隆《たか》いその顔が、ひたひたと横に寄って、胸に白粉《おしろい》の着くように思った。
 宗吉は、愕然《がくぜん》とするまで、再び、似た人の面影をその女に発見《み
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