っぱり、けろりと仰向《あおむ》いている緋縮緬の女を、外套《がいとう》の肘《ひじ》で庇《かば》って言った。
駅員の去ったあとで、
「唯今《ただいま》、自動車を差上げますよ。」
と宗吉は、優しく顔を覗《のぞ》きつつ、丸髷の女に瞳を返して、
「巣鴨はお見合せを願えませんか。……きっと御介抱申します。私《わたくし》はこういうものです。」
なふだに医学博士――秦宗吉とあるのを見た時、……もう一人居た、散切《ざんぎり》で被布の女が、P形に直立して、Zのごとく敬礼した。これは附添の雑仕婦《ぞうしふ》であったが、――博士が、その従弟の細君に似たのをよすがに、これより前《さき》、丸髷の女に言《ことば》を掛けて、その人品のゆえに人をして疑わしめず、連《つれ》は品川の某楼の女郎で、気の狂ったため巣鴨の病院に送るのだが、自動車で行きたい、それでなければ厭《いや》だと言う。そのつもりにして、すかして電車で来ると、ここで自動車でないからと言って、何でも下りて、すねたのだと言う。……丸髷は某楼のその娘分。女郎の本名をお千と聞くまで、――この雑仕婦は物頂面《ぶっちょうづら》して睨《にら》んでいた。
不時の回
前へ
次へ
全37ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング