見ると、小指を出して、
「どうした。」
と小声で言った。
「まだ、お寝《よ》ってです。」
起きるのに張合がなくて、細君の、まだ裸体《はだか》で柏餅《かしわもち》に包《くる》まっているのを、そう言うと、主人はちょっと舌を出して黙って行《ゆ》く。
次のは、剃《そ》りたての頭の青々とした綺麗な出家。細面《ほそおもて》の色の白いのが、鼠の法衣下《ころもした》の上へ、黒縮緬の五紋《いつつもん》、――お千さんのだ、振《ふり》の紅《あか》い――羽織を着ていた。昨夜《ゆうべ》、この露路に入った時は、紫の輪袈裟《わげさ》を雲のごとく尊く絡《まと》って、水晶の数珠《じゅず》を提げたのに。――
と、うしろから、拳固《げんこ》で、前の円い頭をコツンと敲《たた》く真似して、宗吉を流眄《ながしめ》で、ニヤリとして続いたのは、頭毛《かみのけ》の真中《まんなか》に皿に似た禿《はげ》のある、色の黒い、目の窪《くぼ》んだ、口の大《おおき》な男で、近頃まで政治家だったが、飜って商業に志した、ために紋着《もんつき》を脱いで、綿銘仙の羽織を裄短《ゆきみじか》に、めりやすの股引《ももひき》を痩脚《やせずね》に穿《は》いて
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