いかに殿の仰せとて、手の裏を反《かえ》すように、ようまあ、あなたに刃《やいば》を向けます。
図書 はい、微塵《みじん》も知らない罪のために、人間同志に殺されましては、おなじ人間、断念《あきら》められない。貴女《あなた》のお手に掛《かか》ります。――御禁制《ごきんぜい》を破りました、御約束を背きました、その罪に伏します。速《すみやか》に生命《いのち》をお取り下されたい。
夫人 ええ、武士《さむらい》たちの夥間《なかま》ならば、貴方のお生命を取りましょう。私と一所には、いつまでもお活きなさいまし。
図書 (急《せ》きつつ)お情《なさけ》余る、お言葉ながら、活きようとて、討手の奴儕《やつばら》、決して活かしておきません。早くお手に掛け下さいまし。貴女に生命を取らるれば、もうこの上のない本望、彼等に討たるるのは口惜《くちおし》い。(夫人の膝に手を掛く)さ、生命《いのち》を、生命を――こう云う中《うち》にも取詰めて参ります。
夫人 いいえ、ここまでは来ますまい。
図書 五重の、その壇、その階子を、鼠のごとく、上《あが》りつ下りついたしおる。……かねての風説、鬼神《おにがみ》より、魔よりも、ここを
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