疑深い。卑怯《ひきょう》な、臆病《おくびょう》な、我儘《わがまま》な、殿様などはなおの事。貴方がこの五重へ上って、この私を認めたことを誰もほんとうにはせぬであろう。清い、爽かな貴方のために、記念《しるし》の品をあげましょう。(静《しずか》に以前の兜《かぶと》を取る)――これを、その記念《しるし》にお持ちなさいまし。
図書 存じも寄らぬ御《おん》たまもの、姫君に向い、御辞退はかえって失礼。余り尊い、天晴《あっぱれ》な御兜《おんかぶと》。
夫人 金銀は堆《うずたか》けれど、そんなにいい細工ではありません。しかし、武田には大切な道具。――貴方、見覚えがありますか。
図書 (疑《うたがい》の目を凝《こら》しつつあり)まさかとは存ずるなり、私《わたくし》とても年に一度、虫干の外には拝しませぬが、ようも似ました、お家の重宝《ちょうほう》、青竜の御兜。
夫人 まったく、それに違いありません。
図書 (愕然《がくぜん》とす。急に)これにこそ足の爪立《つまだ》つばかり、心急ぎがいたします、御暇《おいとま》を申うけます。
夫人 今度来ると帰しません。
図書 誓って、――仰せまでもありません。
夫人 さらば
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