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夫人 (先んじて声を掛く。穏《おだやか》に)また見えたか。
図書 はっ、夜陰と申し、再度|御左右《おそう》を騒がせ、まことに恐入りました。
夫人 何しに来ました。
図書 御天守の三階中壇まで戻りますと、鳶《とび》ばかり大《おおき》さの、野衾《のぶすま》かと存じます、大蝙蝠《おおこうもり》の黒い翼に、燈《ともしび》を煽《あお》ぎ消されまして、いかにとも、進退度を失いましたにより、灯を頂きに参りました。
夫人 ただそれだけの事に。……二度とおいででないと申した、私の言葉を忘れましたか。
図書 針ばかり片割月《かたわれづき》の影もささず、下に向えば真の暗黒《やみ》。男が、足を踏みはずし、壇を転がり落ちまして、不具《かたわ》になどなりましては、生効《いきがい》もないと存じます。上を見れば五重のここより、幽《かすか》にお燈《あかり》がさしました。お咎《とが》めをもって生命をめさりょうとも、男といたし、階子から落ちて怪我《けが》をするよりはと存じ、御戒《おんいましめ》をも憚《はばか》らず推参いたしてございます。
夫人 (莞爾《にっこり》
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