も言われなかったか。
図書 いや、承りませぬ。
夫人 そして、お前も、こう見届けた上に、どうしようとも思いませぬか。
図書 お天守は、殿様のものでございます。いかなる事がありましょうとも、私《わたくし》一存にて、何と計らおうとも決して存じませぬ。
夫人 お待ち。この天守は私のものだよ。
図書 それは、貴方《あなた》のものかも知れませぬ。また殿様は殿様で、御自分のものだと御意遊ばすかも知れませぬ。しかし、いずれにいたせ、私《わたくし》のものでないことは確《たしか》でございます。自分のものでないものを、殿様の仰せも待たずに、どうしようとも思いませぬ。
夫人 すずしい言葉だね、その心なれば、ここを無事で帰られよう。私も無事に帰してあげます。
図書 冥加《みょうが》に存じます。
夫人 今度は、播磨が申しきけても、決して来てはなりません。ここは人間の来る処ではないのだから。――また誰も参らぬように。
図書 いや、私《わたくし》が参らぬ以上は、五十万石の御家中、誰一人参りますものはございますまい。皆|生命《いのち》が大切でございますから。
夫人 お前は、そして、生命は欲しゅうなかったのか。
図書
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