》るべき方《かた》に几帳を立つ。図書は躊躇《ちゅうちょ》の後決然として進む。瞳《ひとみ》を定めて、夫人の姿を認む。剣夾《つか》に手を掛け、気構えたるが、じりじりと退《さが》る。
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夫人 (間)誰。
図書 はっ。(と思わず膝を支《つ》く)某《それがし》。
夫人 (面《おもて》のみ振向く、――無言。)
図書 私《わたくし》は、当城の大守に仕うる、武士の一人《いちにん》でございます。
夫人 何しに見えた。
図書 百年以来、二重三重までは格別、当お天守五重までは、生《しょう》あるものの参った例《ためし》はありませぬ。今宵、大殿の仰せに依って、私《わたくし》、見届けに参りました。
夫人 それだけの事か。
図書 且つまた、大殿様、御秘蔵の、日本一の鷹がそれまして、お天守のこのあたりへ隠れました。行方を求めよとの御意でございます。
夫人 翼あるものは、人間ほど不自由ではない。千里、五百里、勝手な処へ飛ぶ、とお言いなさるが可《よ》い。――用はそれだけか。
図書 別に余の儀は承りませぬ。
夫人 五重に参って、見届けた上、いかが計らえと
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