行天付き、折り返して1字下げ]
亀姫 お心づくしお嬉しや。さらば。
夫人 さらばや。
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寂寞《せきばく》、やがて燈火《ともしび》の影に、うつくしき夫人の姿。舞台にただ一人のみ見ゆ。夫人うしろむきにて、獅子頭に対し、机に向い巻ものを読みつつあり。間《ま》を置き、女郎花、清らかなる小掻巻《こがいまき》を持ち出で、静《しずか》に夫人の背《せな》に置き、手をつかえて、のち去る。――
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ここはどこの細道じゃ、細道じゃ。
天神様の細道じゃ、細道じゃ。
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舞台一方の片隅に、下の四重に通ずべき階子《はしご》の口あり。その口より、まず一《ひとつ》の雪洞《ぼんぼり》顕《あらわ》れ、一廻りあたりを照す。やがて衝《つ》と翳《かざ》すとともに、美丈夫、秀でたる眉に勇壮の気満つ。黒羽二重の紋着《もんつき》、萌黄《もえぎ》の袴《はかま》、臘鞘《ろざや》の大小にて、姫川|図書之助《ずしょのすけ》登場。唄をききつつ低徊《ていかい》し、天井を仰ぎ、廻廊を窺《うかが》い、やがて燈《ともしび》の影を視《み》て、やや驚く。ついで几帳《きちょう》を認む。彼が入《い
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