、甘味《うま》やの、汚穢やの、ああ、汚穢いぞの、やれ、甘味いぞのう。
朱の盤 (慌《あわただ》しく遮る)やあ、姥《ばあ》さん、歯を当てまい、御馳走が減りはせぬか。
舌長姥 何のいの。(ぐったりと衣紋《えもん》を抜く)取る年の可恐《おそろ》しさ、近頃は歯が悪うて、人間の首や、沢庵《たくあん》の尻尾《しっぽ》はの、かくやにせねば咽喉《のど》へは通らぬ。そのままの形では、金花糖の鯛でさえ、横噛《よこかじ》りにはならぬ事よ。
朱の盤 後生らしい事を言うまい、彼岸は過ぎたぞ。――いや、奥方様、この姥が件《くだん》の舌にて舐《な》めますると、鳥獣《とりけもの》も人間も、とろとろと消えて骨ばかりになりますわ。……そりゃこそ、申さぬことではなかった。お土産の顔つきが、時の間《ま》に、細長うなりました。なれども、過失《あやまち》の功名、死んで変りました人相が、かえって、もとの面体《めんてい》に戻りました。……姫君も御覧ぜい。
亀姫 (扇子を顔に、透かし見る)ああ、ほんになあ。
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侍女等一同、瞬きもせず熟《じっ》と視《み》る。誰も一口食べたそう。
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[#ここか
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