ましよ、矢張《やっぱり》内端《うちわ》ぢや、お前様立つて取らつしやれ、何《なに》なう、私《わし》がなう、ありやうは此の糸の手を放すと事ぢや、一寸《ちょっと》でも此の糸を切るが最後、お前様の身が危《あぶな》いで、いゝや、いゝや、案じさつしやるないの。又《ま》た不思議がらつしやるが、目に見えぬで、どないな事があらうも知れぬが世間の習《ならい》ぢや。よりもかゝらず、蜘蛛《くも》の糸より弱うても、私《わし》が居るから可《よ》いわいの、さあ/\立つて取らつしやれ、被《か》けるものはの、他《ほか》にない、あつても気味が悪からうず、少《わか》い人には丁度《ちょうど》持つて来い、枯野《かれの》に似合ぬ美しい色のあるものを貸しませうず。
 あゝ、いや、其の蓑《みの》ではないぞの、屏風《びょうぶ》を退《の》けて、其の蓑を取つて見やしやれいなう。」と糸車の前をずりもせず、顔ばかり振向《ふりむ》く方《かた》。
 桂木は、古びた雨漏《あまもり》だらけの壁に向つて、衝《つ》と立つた、唯《と》見れば一領《いちりょう》、古蓑《ふるみの》が描ける墨絵《すみえ》の滝の如く、梁《うつばり》に掛《かか》つて居たが、見てはじめ
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